東京地方裁判所 平成7年(ワ)16771号 判決 1997年7月09日
原告
ダイカンホーム株式会社
右代表者代表取締役
綱川高三
右訴訟代理人弁護士
佐藤忠宏
被告
乙野太郎
主文
一 被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は原告に対し、別紙掲示物目録記載①ないし⑥、⑧ないし⑩、⑭ないし⑯及び⑱のビラ及び看板を撤去せよ。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。
五 この判決は一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
一 請求
1 被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成七年九月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告に対し、別紙掲示物目録記載の各ビラ及び看板(以下「本件ビラ等」という)を撤去せよ。
二 事案の概要
1 紛争の概要
本件は、マンションの建設・販売業者である原告が、原告の計画に係るマンション建設用地の近くに居住し、右マンション建設に反対してきた被告に対し、被告が右反対のために被告の居住建物及びその敷地内に掲示したビラや看板が虚偽の事実を摘示して原告を誹誘、中傷し、右マンションの建築、販売を妨害するものであるとしてその撤去を求めるとともに、右掲示によりマンション建設業者としての原告の信用毀損等をもたらしたなどとして損害賠償を求める事案である。
2 請求原因
(一) 原告は、昭和四四年一〇月に設立されたマンションの建設・販売を業とする株式会社であるところ、平成六年一〇月ころ自己所有の宅地(荒川区東日暮里<番地略>、575.17平方メートル。以下「本件計画地」という)に左記内容の高層マンション(以下「本件マンション」という。)の建築計画を決定した。
記
(1) 建築主 原告
(2) 設計者 有限会社福家設計事務所
(3) 施行者 川田工業株式会社
(4) 建設場所 荒川区東日暮里<番地略>
(5) 用途地域 準工業地域
(6) 防火地域 準防火地域
(7) 建蔽率・容積率 六〇パーセント・三〇〇パーセント
(8) 工事種別 新築
(9) 主要用途 共同住宅 二六戸
(10) 階数 地上八階建
(11) 構造 鉄筋コンクリート造
(12) 基礎工法 現場造成杭
(13) 敷地面積 565.52平方メートル
(14) 建築面積 287.39平方メートル
(15) 延べ面積 1765.30平方メートル(駐車場・駐輪場を含む)
(16) 容積対象面積 1696.00平方メートル
(17) 最高の高さ 23.00メートル(建築基準法上の高さ)
(18) 工事着手予定日 平成七年一月
(19) 工事完了予定日 平成八年三月
(二) 原告は、平成六年一〇月一七日に荒川区建築指導要綱に基づき、現地に所定の建築工事標識を設置し、関係住民に個別に建築の説明を行い、平成七年二月一七日に本件マンションの建築確認通知の交付を受け、同年五月一日から建物建築工事に着手した。
(三) 被告は、本件計画地西側に面する七メートルの公道を隔てた一画にある別紙物件目録記載(一)の建物(以下同目録記載の不動産を「目録(一)の建物」等といい、目録(二)の建物と併せて「本件各建物」という)に居住している者であるが、平成六年一一月一〇日を第一回として以後合計八回開催された本件マンション建築に反対する近隣住民のために原告が開催した右建築計画説明会において、右反対住民の代表者と自称して終始一貫徹底して右建築計画の撤回を求め、その反対運動であるとして虚偽の事実を書面に記載して頒布したり、本件各建物の外壁及び同目録(三)、(四)の各土地内(以下併せて「本件各土地」という)に本件ビラ等を貼付、設置し、これらに虚偽の事実を摘示し、原告を誹謗し中傷するなどして、右マンション建築及びその販売を不当に妨害し、原告のマンション建築販売業者としての名誉信用を著しく毀損した。
本件ビラ等のうち、とりわけ右マンション建築、販売の妨害となり、原告の名誉信用を毀損するものは、工事管理がずさんである、本件マンションが韓国マンションであるなどと虚偽の事実を喧伝し、韓国における欠陥工事の事故と結び付けて、あたかも本件マンション建築工事に手抜工事があり、崩壊の危険がある旨を暗示するものである。
(四) 原告は、被告の本件ビラ等の掲示のため、販売宣伝のためのモデルルームの開設中右掲示物が購入希望者の目にとまり、いったん右開設を中断し、改めてこれを延長することを余儀なくされ、また、本件マンションの売買契約成立の機会を奪われたり、あるいはキャンセルされたり、そのためやむなく当初予定価格を値下げしたり、無用の広告料の支出を強いられたりするなどし、多大の損害を被った。
また、本件ビラ等の掲示のため本件マンションをすべて売却することができるかどうか危惧される上、仮に、今後本件マンションがすべて売却できたとしても、右ビラ等が現状のまま存置されていては、購入者や周囲の住民から原告の本件マンション建築業者及び販売業者としての責任を問われ続けることになり、その営業ないし信用に多大の損害を被り続けることになるのは必至である。
(五) よって、原告は被告に対し、損害賠償として五〇〇万円及びこれに対する平成七年九月七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払並びに本件ビラ等の撤去を求める。
3 被告の認否及び主張
(一) 請求原因に対する認否
請求原因(一)の事実は認める。同(二)は建築工事の着工の点は認めるが、その余は知らない。同(三)の事実は、被告の居住位置関係及び被告が本件マンション建築に徹底して反対し、本件マンションの危険性を指摘し、原告を弾劾する別紙掲示物目録記載の多数の本件ビラ等掲示するなどしてきたことは認めるが、右被告の所為が原告の名誉信用を毀損するとの主張は否認し、争う。また、本件ビラ等はその後一部撤去している。同(四)の事実は不知ないし争う。本件マンションは右ビラ等に最も近い部分の室から売れており、右ビラ等の設置は何ら原告の販売業務を妨害してはいない。
(二) 被告の主張
(1) 被告が本件マンション建築に一貫して反対しているのは、右建築により原告の本件各建物に日影障害の影響等による損害が生じ、右各建物及びその敷地である本件各土地の財産的価値が減少するという事態が生じていることに抗議するためである。
(2) また、原告が韓国企業であることは被告の調査により間違いない事実である。そのために、原告は韓国の建築物の欠陥工事を例に挙げて警告を発したものである。そして、被告の掲示した本件ビラ等の記載内容には虚偽の事実は一切ない。
(3) 右のとおりであるから、被告の本件マンション建築反対運動の方法としてした本件ビラ等の掲示は正当な行為であるから、原告の本訴請求はいずれも理由がなく、失当である。
4 被告の主張に対する原告の反論
すべて否認し、争う。被告は被告建物の所有者ではなく、建物の財産的損害を被る立場にはないから、被告主張のような理由で本件マンション建築に反対することには合理的根拠はない。また、原告は被告のいう韓国企業ではない。その商号「ダイカンホーム」は、創業者が大局的視野、洞察力を有する企業であって欲しいとの願望を込めて付した旧社名「株式会社大観」に由来するものであり、これを昭和五一年に現在の社名に変更したものであって、韓国企業とは何の関係もない。
三 裁判所の判断
1 請求原因(一)の事実及び、(二)の事実のうち本件マンション建築工事着工の点は当事者間に争いがなく、証拠(甲五二、証人西田明則)によれば右(二)のうちその余の事実が認められる。
2 原告は、請求原因(三)において被告が本件マンション建築及び販売を妨害するため本件ビラ等の貼付等の違法行為を繰り返した旨主張するので、以下に判断する。
(一) 前記認定に証拠、(甲三ないし七、九、一〇の1、2、一一、一二及び一三の各1、2、一四の1ないし3、一五ないし一八、一九の1、2、二〇、二一の1ないし6、二二、二三、二五の1ないし11、二六の1、2、二九、三〇ないし三七、三九、四二の1、2、四三の1ないし5、四五ないし四九、五〇、五一の1ないし5、五二ないし五四、五五の1ないし19、五六の1、2、証人西田明則、被告本人)を併せ検討すれば、次の各事実が認められる。
(1) 被告は、目録(一)の建物に居住し、同(二)の建物(アパート)を管理している。
(2) 原告は、本件マンション建築着工に当たり、平成六年一〇月一七日から荒川区建築指導要綱に基づき、現地に標識を設置した後、同年一一月一〇日を第一回として合計八回の説明会を開催し、建築に反対する周辺住民を中心に建築概要を説明するとともに、住民との協議を重ね、住民らの要望で受入れ可能なものはこれを受け入れることとし、その結果本件マンションについては建築基準法や都市計画法に規定する日影の規制はないものの、日影の影響をより少なくするために建物の構造を変更し、マンション建物と境界との間隔を広げ、また、プライバシー保護のために東側の窓ガラスを一部曇ガラスに変更するなどした。ちなみに、被告の居住建物への日影の影響は午前一一時までである。
周辺住民も代表者の川島英明(以下「川島」という)を中心に原告と協議を重ねた結果、被告以外の住民は原告から日影障害等に対する見舞金等の趣旨の金員を受領すること等で右建築工事を了承し、平成八年三月末日には原告との間で工事協定書を取り交わした。
(3) 被告は、前記各説明会に積極的に出席し、自ら反対派住民の代表者と称して、終始徹底して本件マンションの建築反対を叫び、独自に原告を誹謗、中傷するビラを配布し、他方で、本件各建物の外壁や本件各土地内に本件ビラ等の類の掲示物を貼付あるいは設置し、他の住民が工事協定書を取り交わし、円満な解決を見た後もただ独り反対を表明して今日に至っている。
被告は、本件ビラ等において、原告が韓国ないし韓国資本の建築業者であることを指摘し、折からわが国でも話題となっていた韓国内の建築物の倒壊等の惨事と関連付けた記述をしており、右ビラ等はこれを目にした者に本件マンションがあたかも手抜工事のため韓国の倒壊事故と同様の危険があるかのごとく不安感を抱かせるものである。
(4) 原告は、被告との紛争を解決するため荒川区へあっせんを申し立てたり、本件ビラ等を撤去するよう口頭及び文書で申し入れたが、被告は全くこれに応じようとはしなかった。また、平成七年七月二九日には、原告の申立てにより東京地方裁判所において、本件ビラ等のような原告の信用を毀損する掲示物の貼付又は設置をしてはならない旨の仮処分決定(東京地方裁判所平成七年(ヨ)第三二八一号)が出された。しかし、原告はそれにもかかわらず、その後も右ビラ等の貼付行為を継続しており、現在、別紙掲示物目録記載の①ないし⑥、⑧ないし⑩、⑭ないし⑯及び⑱の各ビラや看板が本件各建物の外壁に貼付され、本件各土地内に設置されている。
(5) 原告は創業時の社名「株式会社大観」から昭和五一年に現在の「ダイカンホーム株式会社」に変更したものであり、韓国資本の企業とは何の関係もない。
(6) 本件ビラ等の貼付、設置は、モデルルームでの展示会場を訪れる客の目に否応なく触れるものであり、これを見た顧客に販売をためらわせたり、あるいは、いったん合意した売買契約を破棄する事態を生じさせたものもあるなど、右ビラ等が原告の本件マンション販売計画に及ぼした影響は少なからぬものがある。
本件マンションの販売状況は、現在一戸を残し、販売が終了した状況にまで至っているが、右の背景には、原告が当初予定した販売価格を一割五分程度減額して対応したという販売努力も預かっているものと思われる。なお、本件ビラ等の貼付、設置場所に近い区画から売却実績が上がっていることが窺われるが、これは原告において右販売対象区画の販売代金に減額等の措置を採ったことが影響しているものと思われる。
(二) 以上の事実に基づき考察するのに、本件ビラ等の貼付、設置を中心とする被告のした本件マンション建築及び販売に対する反対行動は、被告の受ける日影障害の程度、原告が相当な誠意をもって被告を含む周辺住民(川島らのように被告より大きな日影障害を受ける者を含んでいる)と円満な解決を求めて協議を重ね、被告を除くその余の住民らとの間では工事協定書が締結されている経緯、被告の右ビラ等の内容の虚偽性、それ故に韓国の建築物倒壊と結び付けた危険建物であることを示唆する悪質性、右ビラ等による本件マンション販売への少なからぬ売上損への影響等を彼此勘案すると、原告の右建築工事及びマンション販売業務を妨害する違法なものであることは明らかというべきである。
また、現在、右ビラ等が残置されている状態は、原告の残余の販売に支障を来し、以後の顧客への信用等をも毀損する恐れをなお否定し難い違法なものといわざるを得ない。
したがって、被告は原告に対し、別紙掲示物目録記載①ないし⑥、⑧ないし⑩、⑭ないし⑯及び⑱の各ビラ及び看板を撤去すべき義務があるというべきである。
3 違法性阻却事由の存否
被告は、本件ビラ等の貼付、設置行為は、本件各建物、土地の財産的価値を侵害する本件マンションの建設に反対する目的で行っているものであり、また、右掲示物の内容は真実である旨主張するが、前記認定のとおりであり、被告の右行為を正当なものと認めることはできず、右正当行為の主張は理由がない。なお、被告のいう財産的損害(本件各土地、建物の財産的価値の減少)の点は、被告は右各不動産について所有権を有するものではないから(被告本人)、被告自身が右財産的損害を被る謂われはない上に、そもそも、右損害自体もこれを具体的なものとしては握するに足りる証拠を見い出し難い。
4 損害
前記認定に証拠(甲三六ないし三九、四〇の1ないし3、五二、証人西田明則)によれば、結果的に現在本件マンションは一戸を売り残すのみとなっているが、被告の前記妨害行為の中で販売を進めるために販売価格を一律一割五分程度減額していることが窺われ、相当な値引損を生じているものと認められるところ、これには本件ビラ等の貼付、設置の影響を否定できないこと(ただし、当初価格の減額がすべて被告の前記妨害行為によるものと解するに足りる的確な証拠はなく、右減額分をすべて被告によりもたらされた損害と算定すること、及び被告の右損害に対する寄与度を的確に把握することはいずれも困難である)、被告の妨害行為のためにモデルルーム展示場所をいったん閉鎖を余儀なくされ、そのため右の賃借期間が予定より半年ばかり長期化し、その間無用の賃料(月額六〇万円で総額約三六〇万円)を出捐し、また、予定外の広告料等も出捐せざるを得なかったこと等の具体的な損害のほか、マンションの建築販売業者として無形の財産的損害を被ったことが窺われる。
そこで、被告にも日影障害を被っている点等日常生活上の支障が生じていることを窺わせるの事情があり、本件マンション建設に反対した経緯にはくむべき事情もないわけではないこと等を考慮し、公平の観点から、被告には原告の被った右損害のうち一〇〇万円の限度でこれを負担させるのが相当というべきである。
したがって、被告は不法行為に基づく損害賠償として一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成七年九月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
5 よって、原告の本訴請求は前記認定の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官藤村啓)
別紙物件目録(一)〜(四)<省略>
別紙掲示物目録<省略>
別紙図面(一)〜(三)<省略>